東野圭吾さんから阿部寛さんへの手紙

 お久しぶりです。旺盛な御活躍ぶりに、いつも瞠目しております。
 さてこのたびは、加賀シリーズの最新作である、『祈りの幕が下りる時』を送らせていただきました。
 早いもので、私が加賀を小説に登場させてから、二十七年が経ちます。ミステリとしての新しい試みに取り組む時、安心して使えるキャラクターです。なぜ安心できるのかというと、私の中にしっかりとしたイメージができているからです。じつに不思議なことなのですが、初めて創作した瞬間から、それはほぼ完成されていました。
 彼の主な役どころは、事件の捜査を通じて、犯人や事件に関わる人々の心の謎を解いていく、というものです。ミステリでいうところの探偵役です。彼によって、多くの謎が解かれ、事件が解決しました。
 しかしある時期から私は、加賀本人に興味が湧くようになりました。創作時から全くぶれることのない人間像は、一体どこから来ているのだろうと気になったのです。
 そんな思いの中から生まれたのが、『新参者』であり、『赤い指』でした。『新参者』では、事件捜査以外で見せる加賀の素顔のようなものを描こうと思いました。『赤い指』では、加賀自身にも抱えている闇があることを明かすことにしました。その延長上にあるのが、『麒麟の翼』ということになります。
 こうした取り組みを始めたタイミングで、阿部寛さんに加賀を演じていただけたことは、作者としてじつに幸運でした。ドラマや映画によって世間の注目度が上がったのは本当にありがたかったわけですが、何より、「阿部さんがあそこまで熱い血を吹き込んだキャラクターに、いい加減な人生を歩ませるわけにはいかない」と覚悟を決められたことが大変大きかったのです。
 この世に完璧な人間などいません。加賀恭一郎だってそうです。彼という人物をジクソーパズルに喩えれば、まだまだ穴だらけです。今回の作品、『祈りの幕が下りる時』において、彼は重大なピースを発見します。それでもようやく第一歩を踏み出したようなものです。  私と加賀の、欠けたピースを探す旅は続くでしょう。次なるピースが見つかるかどうかは不明ですが、もし見つけられた時には、また旅先からお手紙を出させていただきます。

東野圭吾

阿部寛様

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