報道の魂
ホウタマ日記
2006年01月26日 実名匿名考…編集後記(秋山浩之)
1月15日(日)25時20分〜50分放送の「実名・匿名だれが決める?〜犯罪被害者報道をめぐって」をご覧いただき、ありがとうございました。私がなぜこのテーマを選んだのか、後記として簡単に記しておきたいと思います。

2年前、たまたま松村恒夫さんの講演を聞く機会があり、報道マンとして非常なショックを受けた…。それがきっかけでした。

今回の番組にも登場いただいた松村さんは、1999年11月、2歳の孫・春奈ちゃんを近所の主婦に殺害された犯罪被害者遺族です。その松村さんの話を初めて聞いたのは、2004年5月、弁護士会が開いたシンポジウム「報道の自由と犯罪被害者の人権」でした。私は聴衆のひとりとして、松村さんが演壇に立つのを最初はぼんやり眺めておりました。

「文京区音羽で起きたあの事件か…」

事件については自分なりに記憶があり、当時「お受験殺人」などとネーミングされていたことも覚えていました。しかし、そうした報道合戦の裏で松村さん一家がどれほどの「報道被害」を受けていたのか、恥ずかしながら全く知りませんでした。話しはじめた松村さんの口から出た体験談は、ひとつひとつが心にグサリと刺さりました。

「殺到する取材陣のものすごさ…」
「お受験というレッテルをつけ、事件を勝手に作り上げてゆくマスコミ…」
「歪んだ報道を真に受けた人々から届いた心ない手紙…」
「未だにこころの傷が癒えない家族たち…」

過熱取材、安易なレッテル張り、虚報・誤報…メディア被害のあらゆるケースがそこにはありました。

私はシンポジウムのあと松村さんにコンタクトを取り、TBS系列の記者勉強会での講師をお願いし、2004年9月、講演をしていただきました。報道される側の「痛み」を記者たちが少しでも理解しておく必要があると思ったからです。

この勉強会以降、私は犯罪被害者問題に注目するようになりました。2004年12月の犯罪被害者等基本法の成立…。2005年4月からスタートした犯罪被害者等基本計画検討会での議論の様子なども議事録などをチェックしておりました。

やがて…
「実名匿名」を巡って、検討会の中で議論が戦わされていることを知りました。犯罪被害者側は「そもそも警察が実名発表するからマスコミが押しかけ報道合戦が始まる。実名発表するなら、被害者側の了解をとってからにして欲しい」と求めていました。これに対し報道機関側は「警察が匿名発表すると、被害者取材が困難になり、責任ある記事が書けない。国民の知る権利や報道の自由を制限される」と反発しました。

そこに警察が割ってはいるかたちで「実名匿名については、犯罪被害者の立場と報道の立場の双方を勘案して、警察が判断する」との提案がなされました。報道機関側はこれに反発し「そんなことを認めたら報道機関が警察権力をチェックすることが困難になる。実名匿名の判断はあくまで報道機関がおこないたい」と主張しました。これに対して犯罪被害者側から「いや、報道機関は信用できない。無秩序な報道合戦が止むことはない」と更なる反論がありました。

犯罪被害者、報道機関、警察が、三者三すくみの状態になっていたのです。

私は、こうした議論を議事録で読みながら、松村恒夫さんのことを思い出し、一年ぶりに直接お会いして感想を聞いてみました。松村さんは「報道機関側の言い分は、自分たちに都合のよい理屈を述べているだけ。報道被害の深刻さをまるで理解していない」と手厳しい意見を述べられました。

一方、私の職場、すなわち報道の現場でも、この実名匿名問題は話題になっていました。報道記者たちの多くは、警察の匿名発表化の流れを憂慮し、取材力を高めてこれに対抗すべきだ、という意見でした。

「たとえ警察が匿名発表しても、実名を割り出して報道する。それが報道機関としてのあるべき姿だ」そんな意見が多かったのです。

私は、自分の中に相対立するふたつの思いがあるのを感じました。「人権への配慮」という思いと「取材を尽くす」という思いです。ともに報道マンに必要とされる要素ですが、実名匿名の議論は、この2つの要素のバランスをどう保ってゆくかということだと理解しました。

「実名匿名の判断は、報道機関が取材を尽くしたうえで、責任をもっておこなう」…

なるほど、そのように言い切ることができれば格好良いに違いありません。しかし、現実には、取材を尽くそうとする余り、「過熱取材」「人権を無視した報道」が起きるのも事実です。

犯罪被害者等基本計画検討会でおこなわれている「実名匿名」の議論を、自分たち報道機関の問題としてまとめてみる…そこで問われていることの意味を視聴者に問うてみる…私が番組を作ろうと思った動機でした。

結果は…
御覧いただいたような内容になりました。番組の切り口を一言でいえば「報道機関側の主張は、なぜ支持を得られなかったのか?」ということかと思います。民放連、新聞協会、ニュースキャスターなどの申し入れも虚しく、報道側は「敗北」しました。そのことの意味をひとりでも多くの方に考えていただけたらなら、うれしく思っております。
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