人物デザイン・柘植伊佐夫が語る『ヘブンズ・フラワーの世界』

第8回「この世界とヘブンズ・フラワー」

変わってしまったわたしたちの世界

2011年3月11日に東日本大震災が起きました。被災された方々、そして亡くなられた方々に心よりお悔やみを申し上げます。

このコラムを書いていた当時、話数では第八回まで放映されました。そしてこの未曾有の震災が発生し、日本で初めての原子力発電所事故が発生しました。わたしたちが精魂込めて制作して来た 「 ヘブンズ・フラワー 」 はこのような状況の中で、放映を中断せざるを得なくなったのです。そして僕は今、ふたたびこのコラムを書いています。

ヘブンズ・フラワーが描いている世界は、さながらこの日本の現実を予見したかのような部分を多く持ち合わせています。これを書いている2011年6月現在、被災地の復興も事故処理も遅々として進まず、国内の汚染は進行し、放射線による食物の影響は深刻化しています。東京を訪れる外国人は前年度に比べて激減し、東日本から西日本に避難し始める人々も少なくありません。311 以前の政界や財界の方法論が通用しなくなっている様子を見ながら、国民は言いようのない失望感や無力感に苛まれ始めています。ヘブンズ・フラワーが描いているディストピアの世界は、ちょうどジョージ・オーウェンが描いた小説 「 1984 」 のような荒廃したものです。しかしそのような中でも見つけるべき希望や、伝えるべき愛の必要性が、僕らの最大のテーマなのです。

2047年に起こった代替エネルギー開発施設 「 川崎エリクサー 」 の爆発事故は、実験に必要な蛍光物質 「 ルミナール80 」 とそれに反応した 「 アルカナ 」 を国内に飛散させ植生を破壊し、日本を 「 花の咲かない世界 」 にしてしまいました。このストーリーモデルだけでもいまの現実世界に酷似しています。そして飛散した蛍光物質が 「 蛍光雲 」 として出現し、「 蛍光雨 」 となって降り注ぎ、国土や人々を汚染しています。それらは十年ほど続いているとされ、貧しい人々は雨と寒さをしのぐために白い半透明のカッパを着て暮らしています。特に爆心地に近い地区は 「 第七地区 」 と呼称されて、政府の治安もとどかないような、一種の空洞化を果たしています。食糧は慢性的に不足し輸入に頼っていますが、それは現実化して不思議のない状況が正におとずれていますね。僕らが第八話冒頭に描いた 「 巨大な月 」。さながら3月19日、18年振りに表れた 「 スーパームーン 」 と呼ばれる現象のようでした。もちろん制作チームはこのようなことを知る由もなく、まったくの偶然で起きていることなのです。

長い間クリエィティブにたずさわらせて頂いていると、現実なのか仮想世界なのか入り交じって、それが一種偶然にも予言的な形で現れることがあります。これはもの作りに従事されている方々は多かれ少なかれ体験があることだと思うのですが、「 ヘブンズ・フラワー 」 が制作されはじめた2010年の暮れ、私事ではちょうど 「 龍馬伝 」 の撮影終了間もなく、mahokoP と satyP にはじめてお会いして、このドラマのアイデアを取り憑かれたように出したのを思い出します。お話をいただいた時点で決まっていたのは 「 近未来 」 「 花が咲かない世界 」 「 少女の暗殺者 」 「 登場人物 」 「 第七地区 」 「 日中関係 」 とだいたいこのくらいだったのですね。このはじめてお会いしたミーティングの際にほとんどのアイデア、「 代替エネルギー日中合同素粒子実験 」 「 川崎エリクサー 」 「 第二エリクサー 」 「 アルカナ 」 「 ルミナール80 」 「 蛍光雨 」 「 ゼロ磁場の塔 」 「 東京再建計画 」 などが決められたんですね。ほとんどがこの一日で出現したと言って過言ではありません。

しかしディストピアという退廃した世界は、非現実の世界だからこそ見ていられるのであって、現実の世界が本当にディストピアになってしまった時、「 一体僕らはどうすればいいのだろう 」 という思いに満たされてしまいます。フィクションで生み出している世界よりも、現実で映し出される世界、テレビのニュースなどで見る映像の方が比較にならないほどに悲惨で、僕らの心に深く強く突き刺さってくるからです。だからこそ 「 ヘブンズ・フラワー 」 の役割というのは、現実には平和な世界に暮らしているからこそ、その反語的な表現として退廃を出現させ、荒廃した世界を装置に 「 愛 」 を謳い上げるということなのだと思うのです。放送中断の理由について直接聞いたわけではありませんが、おそらく現実の悲惨さがドラマを越えてしまった時、それに関わる人々の心情に配慮してのことなのだろうと思います。それほどこのドラマは心の深い部分に食い込む要素を数多く持ち合わせているのだろうと感じるのです。

これを書いている時点でお聞きしている限りでは、時期を見計らってこの夏頃に、第一回からすべてを再放送するということ、そして DVD を出すことが決定しているということで、そのためにこのコラムも加筆させていただいています。311以前に書いていたコラムの文体や気分と明らかに違うものになってしまいましたが、これが今、この世界に生きている自分の、ヘブンズ・フラワーに対する思いでもあるのです。久しぶりに第九話から最終話までを拝見しました。もちろんクリエイティブチームの一員であることも働いてではあるのですが、なにかそこに充満している 「 思い 」 のようなものを感じて、すこし胸が熱くなりました。変わってしまった僕らの世界の中で、新しい気持ちで見る 「 ヘブンズ・フラワー 」。皆さんもそれぞれの思いでご覧下されば幸せです。

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